声劇用台本

★季節外れのタンポポ★

(演技指導無し:初見でどう演じていいのかわからない方は演技指導付きをどうぞ)

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■登場人物■
島谷 沙希(しまたに さき){結衣(ゆい)}:同一人物
プロフィール
 ・18歳
 ・身長157cm
職業
 ・創業220年のきもの屋
性格
 ・温厚
 ・一筋
 ・真面目

早宮 健治(はやみや けんじ):
プロフィール
 ・23歳
 ・身長176cm
職業
 ・一流企業(のエリート社員
性格
 ・他人の意見を尊重する
 ・真面目
 ・自分に自信を持っている。

健治M クリスマス・イヴも終わり、今日は12月25日。これから、大手の取引先との商談が控えている。
    一応、エリート社員と太鼓判を押されている俺は、会社を出て取引先へ向かっていた。

沙希  きゃ!

健治  あ、危ない! うわ!

健治M 階段を上っている最中に、女性が階段を踏み外した。俺は、とっさの行動に出た。
    そう、彼女を助けようとしたのだ。しかし、彼女を抱きとめることは出来たが、
    俺が仰向けにひっくり返ってしまい頭を強く殴打した。そこから俺の意識は無い。

沙希  大丈夫ですか!? もしもし、もしもし・・・・ え、意識を失ってる? 大丈夫ですか?
    大丈夫ですか? 救急車、救急車呼ばなきゃ! 

SE  ピッピッピ・・・プルルル(携帯の音)

沙希  もしもし、人が倒れて意識がないんです。・・・・・・はい、そうです。はい・・え?
    ここの場所ですか?ちょっとお待ちください。

沙希M 私は、住所がわからないので、焦っていた。
    しばらくして、そばの電柱に住所が書かれているのを見つけることができた。

沙希  えっと、滝野川1丁目25番です。・・・・はい・・・・・はい。
    倒れているのは男性です・・・・・え?、
    あぁ、私が階段を踏み外したのを受け止めてくれた時、男性が倒れたんです。
    ・・・・はい、そうです。すぐ来てください!

沙希M 動揺していたなんてものではなかった。自分のために、他人を巻き込むなんて。
    自分さえ躓いていなければ・・・そう考えていた。

間

沙希M しばらく彼の顔を見ていると、なぜか、ふと、懐かしい感情が芽生えてきた。
    これは・・・・一体、何だろう。

間

沙希M 救急車はすぐに到着した。私はこれといった用事もなかったので、
    一緒に救急車に乗せてもらうようにお願いし、彼のそばにいることにした。

かなりの間

沙希  季節外れのタンポポ

かなりの間

健治M 気がつくと俺は病院にいた。いったい何があったかわからなかった。
    なぜ、病院に居るのだろう。まず、そう思った。
    そして、一人の女性が、心配そうな顔をして俺を覗き込んでいた。

健治  痛っ!頭が・・・

沙希  大丈夫ですか?

健治  あいたたた・・・、えっと、状況が飲み込めないんだけど、なぜ、俺は病院にいるの?
    そして、君はだれ? えっと、わからないことだらけなんだけど?

沙希  覚えてないんですか? 貴方は、私が階段を踏み外した時 
    私をかばって転倒して頭を打って失神したんです。
    そして、5時間くらい目を覚まさなかったんです。
    本当に覚えてないんですか?

健治  悪いんだけど、全然覚えていないんだ。そんなことがあったのか・・・ 
    で、君は大丈夫だったの?

沙希  はい。貴方のおかげで私は怪我をしませんでした。
    本当に、なんて言えばいいのか わかからないのですが、ありがとうございます・・・
    あ、後で先生が来ると思いますが、検査の結果は異常はないそうです。
    本当によかったです。

健治  そっか、そうなんだ。記憶が一部抜けているのかな。
    ははは、まぁ、生きているし、大丈夫だよ。
    君こそ、こんなところにいて大丈夫なのかい?

沙希  はい。私は大学生ですし、もう冬休みなので大丈夫です。
    私を救ってくれた人ですし、それに・・・

健治  それに?

沙希  私にできることなら、お礼をしたいんです。
    怪我をしてまで私を守ってくれた人ですから・・・

健治  そんな、お礼なんて気にすることないよ。医者だって問題ないって言ってるんだろ? 
    少し頭が痛いくらいだから。気にしないで。

沙希  え、でも・・・・

SE  プルルル

健治  あ、電話だ。ここで出るのは、さすがにまずいよな。病院だし・・・あれ?会社からだ。
    まぁいいか。大した用事でもないんだろうし。電源切っておこう。

沙希  いいんですか? 大事な用事とかじゃないんですか?

健治  あぁ、大丈夫だと思う。よく覚えてないんだけど、
    たぶん、戻ってこないんで「早く戻ってこい」って、上司からの電話だと思うよ。

沙希  そうですか。あ、そうだ、私、沙希と言います。
    何度も言うようですが、本当にありがとうございました。

健治  俺は早宮健治。そんなに、お礼ばっかり言われると照れるから やめてくれよ。

沙希  はい・・・

健治M その後、医者が来て、問題ないからもう帰っていいと伝えられた。
    沙希と俺は病院から出て、近くのレストランに来ていた。
    沙希が、お礼に、食事でもと、どうしても言い張ったためだ。
    来たのは高級レストラン。こんな処 滅多に来れるような場所じゃない。
    沙希は お金持ちのお嬢様なんだろうか?

沙希  あの・・・会社に電話しなくていいんですか?

健治  あ、忘れてた。早く帰らなきゃな。ご飯食べ終わったら、会社に戻るから。俺。

SE  ピッピッピ プルルル

健治  もしもし、はい、早宮です。はい・・・・え"?・・・はい、はい、本当ですか!?
    ・・・・はい。わかりました。え、今までですか?・・・・はい。
    えっと、自分は事故に巻き込まれて、病院にいました。・・・はい。
    これから社に戻りたいんですが・・・え"、それは・・・はい・・・・はい、わかりました。
    そうします。申し訳ありませんでした。はい・・・・はい・・・では、失礼いたします。

沙希  どうかなさったんですか?

健治  今日、重要な顧客との取引を、俺が行うはずだったらしい。
    記憶から抜けていたみたいだ。転倒して、頭打ったからかな?
    上司から、さんざん怒鳴られたよ。
    で、本当は明々後日(しあさって)から会社休みなんだけど、
    今年は、もう出てこなくていいって言われたよ。
    まいった。さっき、病院で電話出るんだったな・・・。
    まぁ、もう後の祭りなんだけど。

沙希  ごめんなさい。本当にごめんなさい。なんてお詫びしたらいいのか・・・

健治  いいさ、過ぎたことだよ。それより、会社に戻らなくていいことになったんだ。
    ゆっくりご飯でも食べようよ。

健治M 沙希は、はっきりいって好みのタイプだった。
    たまには女性との食事ってのもいいなと思っている俺がいた。

沙希  いいんですか? 本当は大丈夫じゃないんじゃないですか?

健治  物事は後には引きずらない。これが俺のポリシー。ゆっくり食事しようよ。

沙希  はい・・・ありがとうございます。

健治  久しぶりの女性との食事だ。
    あ、そうだ、お礼に楽しませてくれよな。食事の間だけでも。

沙希  はい!^^

健治M 俺と沙希は、他愛のない事をしゃべりながら食事をした。
    はっきり言って楽しかった。
    でも、だんだんと、沙希が暗そうな顔になっていったのを俺は見過ごす事が出来なかった。

健治  おい、なんで暗い顔になるんだよ。楽しい食事にしようよ。

沙希  あの・・・・お願いがあるんですけど・・・

健治  ん?なんだい?

沙希  しばらく、早宮さんの家(いえ)に泊めてくれないでしょうか?

健治  え" おいおい、何言ってるんだよ?

沙希  自宅は、遠いところにあります。
    それに、ここの食事代払ったら、残金もありませんから・・・・

健治  おいおい、なら、俺がカードで払うよ。
    だいたい、見ず知らずの男の家に泊まるんだぞ。一般常識で物事を考えてくれよ。

沙希  いえ、ここは私が払います。でも、本当のところは帰る場所がないんです。

健治  え・・・

沙希  お願いします!

健治  ダメとは言わないけど、俺だって一応男だぞ。わかってるのか?

沙希  健治さんは、そんな人じゃありません。私にはわかります。お願いします。

健治  はぁ・・・どんな事情があるのかは聞かないでおこう。
    でも、どうなっても知らないぞ。

沙希  大丈夫です。私、少林寺拳法の有段者です。自分の身は自分で守ります^^

健治M 俺は言葉では沙希が家に来る事を拒否していたが、実際のところ嬉しい気持ちだった。
    見ず知らずの女性とはいえ、俺の好みで この食事の最中も楽しめたからだ。

健治  そっか。じゃぁ、今日はクリスマスだし、ケーキでも買って帰るか。

沙希  切り替え早いですね。断られるかと思ってました。

健治  ははは、人生なるようになる! これが、俺のポリシーだからな。

沙希  フフッ 健治さんって、面白い人ですね。

健治  おいおい、それはないんじゃないかな・・・

沙希  ごめんさい。じゃぁ、後はデザートだけですし、
    早く食べてどこかに遊びにいきませんか?

健治  そうだなぁ。海が見えるところに行きたいな。

沙希  いいですね。そうしましょう。

健治M それから俺たちは、海の見える公園で散歩をした。
    とりとめのない話。でも、それが、すごく心地よく感じた。
    沙希を見ていると温かい気持ちになれた。
    そして、街に戻り、クリスマスケーキを買うことになった。

沙希  健治さん、えっと、ケーキのことなんですけど・・・

健治  ん?

沙希  私、ケーキ作りたいんですけど、だめですか?

健治  へぇ~、すごいね。ごちそうになろうかな。
    じゃぁ、俺はケンタッキーでも買おうか。

沙希  あ~、自分でつくらないんですね。

健治  ははは、料理は苦手なんでね。

沙希  あはは。

健治M その後、ケーキの材料とチキンを買って家に帰る。
    さっそく沙希はケーキ作りに奮闘しだす。その間は暇な俺。
    でも、沙希の後ろ姿を見ているだけで なんだかほんのり心が温かくなっていく。
    何年ぶりだろう、女性とクリスマスを過ごすのは。
    でも自分に言い聞かす。彼女は帰るべき場所があるはず。
    だから、彼女はいずれ居なくなってしまう存在・・・そう考えると、少し切なくなった。

沙希  ケーキできましたよ。小さいけど。2人分だからこれで我慢してくださいね。
    あ、あと、チキンもあっためておきました。

健治  あ、ありがとう。悪いな、何もしないで。

沙希  いいえ、お礼ですので^^

間

沙希  食事とかケーキとか、二人で食べるのってやっぱり美味しいですよね。

健治  あぁ、そうだな。

沙希  4、5日で帰れると思うので、それまでは、よろしくお願いいたします。

健治  あぁ、それまでは同居人だな。あ、ベットは使っていいよ。
    おれは、ソファーで寝るから。

沙希  それはダメです。ベッドは健治さんが使ってください。絶対です。

健治  レディ・ファーストって言葉があるだろう。これは、命令だ^^

沙希  ん~、はい! 健治さんは優しいんですね。

健治  いやいや、当り前だから・・・

健治M その日は、もう夜も遅かったため二人とも床に就いた。
    正直言って、女性が近くにいると思うと、あまり寝むれなかった。

沙希  おはようございます。

健治  あ、おはよぉ~

沙希  ご飯出来ていますよ^^

健治  え" 今何時?

沙希  もう10時です。健治さん、よく寝ていましたよ。

健治  もう、そんな時間か・・・ごめん、客人よりも遅く起きるとは。

沙希  いいんですよ。あ、台所勝手に探索するの良くないと思ったので、
    冷蔵庫に入っていたもので適当に作りました。ですので、味は保証しませんよ^^

健治  ははは。

沙希  でも、ちょっとは、自信あるかな~。

健治M 2人で朝食を食べる。昨日のことが本当だったんだ、夢じゃなかったんだなと思えた。
    朝ご飯は、ばっちり美味しかった。それから4日がたった。
    毎日遊びに行ったり、語り明かしたり、楽しかった。
    正直、こんな彼女が居てくれたらと思うようになっていった。
    そして、彼女と会って5日目の夜。いつもの様に夕ご飯を食べているときだった。

沙希  お兄ちゃん

健治  え? なんか言った?

結衣  お兄ちゃん・・・

健治  沙希? どうした?

結衣  思い出せないの? お兄ちゃん?

健治  沙希?

結衣  私、沙希じゃないよ。沙希じゃないんだよ・・・

健治  え・・・・・・もしかして、・・・・(小声で)結衣?

結衣  うん。

健治  ・・・

間

結衣  お兄ちゃん、私のこと忘れてるよね。そうだよね、もう、何年もあってないもんね。

健治M 結衣は、俺がまだ中学生のころの幼馴染で、まだ結衣が小学校の頃の話だ。
    思い出せるわけが無い。すっかり綺麗になった結衣を・・・・。
    でも、確かに、ここ5日間の話の内容で、結衣を匂わすところはあった。
    今思うと、自分が情けない。なぜ思い出せなかったんだ。
    でも、なんで結衣がここにいるんだ?
    結衣は、小学校4年の時にパリの伯父に養子になっていたはずだ。
    それから連絡が途絶えた。なぜ今になって結衣はここにいるんだ。
    俺は頭の中がぐしゃぐしゃになっていた。

健治  結衣・・・・・

結衣  私、ずっと忘れてなかったんだよ、お兄ちゃんのこと。
    ずっと、ずっと好きだったんだよ。

健治M 俺は、何も言えなかった。結衣が目の前にいる。
    ただ、その真実が思考を奪っていく。

結衣  お兄ちゃん、なんで何も言ってくれないの?なんで黙っているの?

健治  ちょっと待ってくれ、なんで、お前がここにいるんだ?
    パリに行って、音信不通になって・・・・

結衣  私がパリに行ったのには訳があるの。
    皆には言ってなかったけど、本当は、パリになんて行きたくなかったの!

健治  じゃぁ・・・・じゃぁなんで今更。

結衣  私ね、心臓に重い病気を患っていたの。それを知ったのが小学校4年生の時。
    だから、パリの専門の医者にかかることになったの。

健治  じゃぁ治ったんだな。その病気! だから、ここにいるんだよな。
    でも、なんでだよ。なんで、沙希なんて名乗っていたんだよ。

結衣  私も最初は、お兄ちゃんのことわからなかった。
    沙希って名乗ったのも、このあたりの人に、自分の本名を知られたくなかったからなの。
    ごめんね。

健治  なんでなんだよ・・・

結衣  お願い、このことに関しては突き詰めないで。お願いだから・・・

健治  わかったよ。

結衣  お兄ちゃんのそういう処 変わってないね。
    すぐに人の話を信じて、受け入れちゃう。

健治  まぁな。(間)そっか~、結衣か~、懐かしいな。

結衣  もう少し、もう少しだけ、お兄ちゃんと一緒に居させて。お願い!

健治  いいけど、親元に戻らなくていいのか?

結衣  親だけには言わないで。周りの人からは沙希で通して。お願いだから。

健治  よく、わからないけど、本当にそれでいいのか?

結衣  うん。

結衣  明日、大晦日だね。一緒に飛鳥山公園の神社に行こうよ。

健治  あ、あぁ

結衣  けんちゃんは、覚えている?飛鳥山のタンポポ畑。二人の思い出の場所。
    よく遊んだよね。

健治  そうだったな・・・でも、今はタンポポ咲いてないけどな。

結衣  い~の。明日は、思い出の場所に行きたいの。そうしたら、帰る。

健治  実家にか?

間

健治M 結衣の実家は和服専門店だ。
    結衣の名前も、衣(ころも)を結(ゆう)という意味でつけられたものだった。
    結衣の両親の間にはなかなか子供が出来ず、唯一の子供が結衣だった。
    俺が中学生の時、結衣の両親に「結衣と結婚して、うちに来ないか?」
    とよく言われたものだった。
    その頃は冗談だと思い、軽く「うん」とうなずいていたが、
    結衣が居なくなり、社会人になってから結衣の両親に聞いたが、本心だったらしい。

結衣  ううん、実家には戻らないと思う。

健治  じゃぁ、どこに行くんだ?

結衣  な~いしょ。♪

健治  はぁ、本当にお前は、ミステリアスな女に成長したなぁ。

結衣  女はその位がいいのよ^^ そう、けんちゃんにお願いがあるの。

健治  なんだよ、いきなり、お兄ちゃんから、けんちゃんになったし。なんかあるな・・・

結衣  出来れば、実家を継いでほしいの・・・ 無理な相談だとはわかっている、でも・・・

健治  それは出来ないよ。一応、今の仕事に誇りを持っているんだ。
    (間)
    でもさ、今までの5日間、本当に楽しかったよな。

結衣  うん。わたしも。

間

健治  もし・・・もしよかったら、俺と付き合ってくれないか?
    (少しの間)
    今からでも遅くはないだろ。

結衣  それが出来たら、本当に嬉しいな・・・

健治  ダメなのか?他に男でもいるのか?

結衣  ううん、そうじゃないの。明日になればわかると思う。

健治  なんで、なんで、明日なんだ。

結衣  な~いしょ。

健治  内緒ばっかりだな・・・ でも、俺の気持ちは変わらないから。本気だから。

結衣  だったら、実家継いでよ。

健治  それは、無理な相談だ^^

健治M その夜は、昔話に花が咲いた。
    結衣もこれまでとは違う一面を見せ、いかにも幼馴染・・・
    いや、恋人のような感じになっていった。そして、大晦日になった。

間

結衣  おにいちゃん、年越しそば作るね。お買いもの行ってきていい?

健治  おいおい、俺も一緒に行くよ。一人じゃさみしいだろ。

結衣  お兄ちゃんは優しいんだね。

健治  いい加減、「お兄ちゃん」は、やめてくれ。恥ずかしい。

結衣  ん~、わかった。じゃぁ、「けんちゃん」ね。

健治  わぁったよ。じゃぁ、買い出しに行くか。

結衣  うん。

健治M 買い出しとは言いつつも、結局二人は街を散策した。
    昔よく行った公園、飛鳥山のタンポポ畑、色々なところを歩き回った。
    そして、夜になってようやく家に帰ってきた。

結衣  今日も楽しかったね~

健治  あぁ。

結衣  おなかすいたねー。年越し蕎麦の中にお餅も入れちゃおうか?^^

健治  それは、早いだろ。お雑煮でしょ、それ。

結衣  い~の。私が入れたいの。

健治  だって、買ってないじゃん。お餅。

結衣  えへへ~ん、実は、ひそかに買ってきちゃったんだ。

健治  お前、いつの間に・・・

結衣  えへへ、そういうことで、お餅入りね。

健治  はいはい。わかりました。

結衣  そろそろ、年が明けるね。

健治  ん?なんで、寂しそうなの?

結衣  ううん、なんでもない。

健治  そっか。

健治M それから、二人で夕食兼お餅入り年越しそばを食べた。
    俺には結衣が いつもよりはしゃいでいるように見えた。
    なんで、いきなり明るくなったんだろう。俺はそう思いながら年越し蕎麦を食べていた。
    でも、楽しいからいいと思っていた。

SE:ボーン

結衣  あ、除夜の鐘。

健治  ほんとだ。そろそろ行くか? 神社。

結衣  ううん、神社はいいの。最後に、タンポポ畑連れてって。

健治  え?なんで神社に行かないの?

結衣  だから、私はミステリアスな女なの。

健治  まぁ、いいけど。タンポポ畑の後は、お参りしような。

結衣  うん・・・ そうだね。

健治  お前、ちょくちょく暗くなるけど・・・何隠してる?・・・ って聞いても無駄か。

結衣  うん^^

健治  ふぅ~。

間

結衣  うっ・・・・・はぁはぁ。

健治  どうした?

結衣  なんでもないよ・・・

健治  なんでもないわけないだろ。そんなに苦しそうにして。

結衣  時間が無いわ・・・

健治  おい、なんか言ったか?

結衣  けんちゃん、時間が無いの。お願い。タンポポ畑に連れてって。

健治  え? どういう意味だよ。そんなこと言ってる場合じゃないだろ。ほら、病院行くぞ!

結衣  いや! タンポポ畑に行きたいの!

健治  病院が先だ!

結衣  けんちゃんのわからずや!
    (間)
    絶対、絶対、待っているからね。

健治  結衣!

健治M そういうと、結衣は家を出て走り出してしまった。あっけにとられる俺。
    一体、結衣に何があったんだ。「時間が無い」って言ってたけど、どういう意味だ?
    しばらく考え込むが、はっと我に返り、結衣を追いかける。
    場所は、飛鳥山のタンポポ畑だろう。家からそう遠くない。2人の思い出の場所だ。
    俺はタンポポ畑に向け走り出した。

健治  結衣! 結衣~! 

健治M その場所に結衣はいなかった。あと少しで年を越そうというところだった。
    俺は焦った。ここにいなければ結衣は一体どこに居るっていうんだ?
    呆然と、その場に立ちすくんでいると、しばらくして、結衣がよろけながら、
    こっちに近づいてくるのが見えた。とっさに、結衣のところに駆け寄る。

健治  結衣! 大丈夫か。

結衣  けんちゃん、やっぱり来てくれたんだね。ありがとう。

健治  そんなこと言っている場合じゃないだろう、早く病院へ・・・

結衣  もう、いいの、タンポポ畑に連れて行って。あと少しだから。

健治  タンポポなんて咲いてないし!それよりも病院が!

結衣  いいの!

結衣  お願いだから連れて行って。時間が無いの。

健治  だから何のことだ、時間が無いって。

結衣  最後までミステリアスよ、私は。
    タンポポ畑に行ったら、病院にでもどこにでも行くから。

健治  そこまで言うなら・・・

結衣  ありがとう。

健治M 俺は、結衣に肩をかしながら、タンポポ畑の中心へ移動した。
    除夜の鐘もそろそろ終わりを告げるころであった。

結衣  このタンポポ畑、一番の思い出の場所なんだよ。けんちゃん覚えてないでしょ?

健治  いや、覚えているぞ。

結衣  ううん、おぼえてないよ、けんちゃんは。私、ここでけんちゃんに告白したの。
    覚えている?

健治  え?

結衣  ほ~ら、覚えてないでしょ。「大きくなったら、結婚しようね」って私が言ったの。
    けんちゃんも、「うん、そうしようね」って言ってくれた。(少しの間)ねぇ、覚えてる?

健治  ・・・・

結衣  ほらね。でもいいの。ここは私にとってけんちゃんとの一番大切な場所なの。
    ここで、最期を迎えることができて本当にうれしい。

健治  え・・・最後?・・・ 結衣、何を言っているんだ?

間

結衣  私はね、まだ、パリにいるの。

健治  どういう・・・こと?

結衣  たぶん、今年は年を越せないだろうって、お医者さんから言われたの。
    まだ、私はパリのベッドの上にいるの。

健治  じゃぁ、どうしてお前はここにいるんだよ!

結衣  わからない、わからないよ。気が付いたらこの街にいたの。

健治  訳わからないよ。

結衣  私も、わからなかった。でもね、事実なんだよ、けんちゃん。
    私、もうすぐ死んじゃうの。

健治  え・・・

結衣  最後に神様がけんちゃんに会わせてくれたんだと思う。私の想いが届いたのかな。
    たぶん、私が階段から転んだのも、けんちゃんが、受け止めてくれたのも偶然なんかじゃないよ。
    必然だったの。神様がそうさせてくれたの。

健治  そんなことが・・・そんなことが!

結衣  けんちゃんは いつも受け止めてくれるでしょ、私の思い。だからわかって。お願い。

健治  そんなのってありかよ・・・・そんなのって・・・

結衣  最後にけんちゃんにプレゼントあげる。目つむってて。

健治  うん

結衣  チュ

健治  え!

結衣  これが最後のプレゼント。ありがとう、本当に嬉しかったよ・・・
    でも、けんちゃんからも、私に最後のプレゼント、くれないかな~。

健治  何が欲しいんだ!なんでもいってくれ!

結衣  優しく抱きしめてほしいな。私が消えるまで。

健治  それだけでいいのか?

結衣  うん。

健治M 俺は、そっと結衣を抱きしめようとした。
    しかし、俺の腕は結衣をすり抜けるように自分を抱える形になった。
    結衣の体が淡く輝いていた。

結衣  あはは、遅かったみたい。さよならだね。けんちゃん。

健治  そんなこと言うなよ。生きてくれよ結衣!

結衣  そんな顔しないで笑って。笑顔だけでも見せて。

間

健治  こ・・・・これでいいか?

結衣  ふふっ、ちゃんと笑えてないけど許してあげる。ありがとう、けんちゃん。

健治M 結衣は、そう言い終えると、ふっと消えてしまった。何事もなかったように。
    除夜の鐘は止んでいた。そう、年が越えたのだ。
    ふと足元をみると、タンポポの綿帽子がふんわりとしている。
    俺には、結衣の思いが結晶になったように思えた。
    一陣の風が吹き、綿帽子の種が一つ一つ飛んでいった。
    そう、結衣の生きた証が一つ一つ散っていくように。

間

健治M 俺は、会社に退職願を出した。
    上司は必死に止めにかかったが、俺の意志は固かった。
    その1週間後、俺は結衣の実家におもむき、頼み込んだ。
    「自分を養子にして、この和服屋を継がしてくれないか」と。
    これから覚えなければならない事はたくさんあるだろう。
    でも、それが嬉しくてしょうがない。
    なぜなら、それが結衣の想いであり、俺の望みだからだ。

間

健治  結衣へのプロポーズ、まだ、無効じゃないよな。(間)なぁ、結衣。

間

結衣  『けんちゃん、愛してるよ』

間

健治M それは、季節外れのタンポポが運んできてくれた2人だけの奇跡の時間。


~fin~




2011/04/14 第2版
2011/04/12 第1版


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